ニートな生活 C


  秀夫、扉の前に、立って、
  鶴見先生を、見ている。
  鶴見先生、黒板に向かって、書いていたが、
  チョークを持つ手を、止めて、秀夫に、
  どうぞと手で、合図する。
  秀夫、廊下に、飛び出す。
84 トイレの鏡
  鏡に、秀夫の歯。
  秀夫、顔を、ゆがめて、ガタガタと、
  ゆるんでいる歯を、舌で、動かす。
  瞬間接着剤を、動いている歯に付けて、
  横の歯と、合わせる。
  歯に力を入れて、ニヤリと笑う秀夫。
85 長い廊下

  トイレから出てくる秀夫。
  姫井理事長と藤川佐知子(38)が、長い廊下を、
  歩いていく。
  それを見るやいなや、秀夫、追いかける。
  姫井理事長、歩きながら、後ろを振り向く。
  後ろに、秀夫が、歩いて来てるのを知るが、
  驚きもせず、睨みつける。
  秀夫、上を見ながら、歩く。
  秀夫、経理課教室に、二人、行きそうなので、
  追い抜く。
  秀夫、藤川佐知子の横顔を、見る。
  笑っている藤川佐知子。
  睨んでいる姫井理事長。
  愛想笑いする秀夫。
  停まってしまう秀夫。
  姫井理事長と歩いていく藤川佐知子の後ろ姿に、
  見惚れる。
  俄然、秀夫、走り出して、
  二人を、追い抜く。
  笑顔の藤川佐知子。
  うなずく秀夫。
  姫井理事長が、噛み付きそうなしぐさをする。
  秀夫、気にせず、走る。
86 経理課教室前
  秀夫、ドアを開ける。
  開けたまま、待っている。
  姫井理事長と藤川佐知子が、来て、
  秀夫、どうぞと、エスコートする。
  藤川佐知子、笑顔で、教室に入る。
  姫井理事長が、入る時、秀夫を、入ろうとして、
  二人、ぶつかる。

  姫井理事長だけ、経理課教室に入る。
  ドア、閉まる。
  秀夫、立たされ坊主。
  教室から、姫井理事長の声。
87 経理課教室
姫井理事長「今日から、編入されます藤川佐知子さんです」
88 経理課教室前
  秀夫が、ベートーベンの交響曲第5番運命を、
  指揮するような手振りで、体を動かす。
89 経理課教室
藤川佐知子「藤川です。よろしく」
  皆、拍手。
88 経理課教室前
  秀夫も、拍手する。
  姫井理事長が、出てくる。
  秀夫に、無理に笑顔を、してみせる。
  秀夫、指揮するように手を、振っている。
  姫井理事長、ドアを、開けたまま、
  手招きして、秀夫を、教室の中に入れる。
  ドア閉める姫井理事長。
  秀夫に向かって、あっかんべーと、舌を出す。
89 経理課教室
  姫井理事長のあっかんべーを、受講生たちが、見ている。
  秀夫、音楽メロディに、体を、くねらせながら、
  席に着く。
  座っても、体を、揺らす。
  同列横にすわっている藤川佐知子に、会釈する。

  藤川佐知子、また、笑っている。
  鶴見先生が、秀夫を、思いきり、睨む。
90 経理課教室・お昼休みの休憩時間
  秀夫が、ギターを、弾いている。
  同じコードの繰り返し。
  黒板の一番前の山田純恵(眼鏡、29歳)が、振り返る。
山田純恵「静かにしてください。ここを、
 どこだと思ってるんですか」
秀夫「休み時間やないか。休み時間は、何をしようがかめへんねん。
 前向いて、黒板、全部、写しとけ」
  山田純恵、立ち上がる。
山田純恵「何を」
秀夫「なんや」
  大津恒夫(27歳)が、中に割って入る。
大津恒夫「まあまあまあまあ。ちょっと、話、聞いてくださいよ」
山田純恵「本当に」
秀夫「まだ、文句あるんか」

大津恒夫「話聞いてくださいよ」
秀夫「聞いてるよ。ギター、教えてやろうか。
 CとF。CとG」
大津恒夫「いいです」
秀夫「何?」
大津恒夫「面接行ったんですよ」
秀夫「それで。運転手?」
大津恒夫「(手を振りながら)違いますよ」
秀夫「前、トラックの運転手やってたんやろ」
大津恒夫「別で」
秀夫「教えてあげるって。ゴーンと、行かな。
 若いんやから」
  秀夫、黒板の前に行き、チョークで、円と、
  東西南北、縦横十字の線を、書く。
秀夫「あんたも、聞いときや」
  山田純恵に、向かって言う。
秀夫「風水羅盤や。東。西。北に、南。
 この十字の真中が、自分の家。
 どこに、就職すればいいのか?
 決まってまんねん」
  秀夫、東南に、中心から、線を書く。

  泰と、書く。
秀夫「東南の泰(たい)の方向や。家から東南の泰の方向に、
 会社探せば、すぐ就職できる。めでたいということや。わかったか」
山田純恵「うそばっかし」
秀夫「冗談通じんやっちゃなあ。中国4000年の歴史やで」
  秀夫、横を、見る。
  ドア横に、2メートル近い背広の大男の人材派遣社員
  荒井満夫(28)と、1メートル70センチ程の人材派遣女性社員、
  柿田正子(27)が、立っている。
  チャイムが、鳴って、昼休みも終わり、
  受講生たちも、ドアから入って、席に着く。
  秀夫も、席に着く。
  荒井満夫、演壇に立つ。柿田正子は、申し込み用紙を、
  教室内を、回りながら配っている。

荒井満夫「三井人材派遣会社の荒井と申します。
 時間を、お借りしまして、ご説明させていただきます」
  荒井満夫、秀夫を、ちょっと、見る。
荒井満夫「今、お配りしています用紙に、
 ご希望される職種等、記入いただきまして、
 週末までに、こちらの受付まで、
 提出しただきたいんです」
秀夫「身長、いくらあるんですか?」
荒井満夫「(笑いながら)身長は、191センチです」
全員「えー」
秀夫「柔道、プロレス?」
荒井満夫「してないです?」
秀夫「バスケット、バレーボール?」
荒井満夫「相撲」
全員「えー」

91 相撲大会
  大銀杏に、ふんどし姿の荒井満夫と秀夫が、
  土俵に、塩を撒いて、蹲踞の姿勢。
  向き合っている。
行司「はっきょうい、のこった」
  両者、猛烈な突っ張り合い。
  組んでは、離れ、組んでは、離れ、
  張り合いの連続。
  会場から拍手。
  荒井満夫が、引くが、秀夫残る。
  逆に、秀夫が、荒井満夫を、寄り切る。
  大喝采
  座布団舞う。
91 街頭
  荒井満夫の肩車上に、秀夫が、満面の笑み。
  皆、祝福。
92 動物園
  秀夫、象の上に、乗っている。
93 街頭2
  秀夫、四つ角から、走ってくる。
  たくさんの女性が、後ろから、追いかけてくる。
94 金庫
  大行進曲鳴り響く。
  たくさんの札束と株券と新聞の上で、
  中折れ帽子の秀夫が、腰に手を当て、
  胸を張って、立っている
95 経理課教室
  上を見ていた秀夫。眼だけ、前の黒板に動かすと、
  鶴見宏先生が、じっと見ている。
  秀夫、本とノートを、取り出す。

鶴見先生、まだ、睨みつけている。
  秀夫、眼を、右左、上下、クルクル回す。
  同列にすわっている藤川佐知子にも、
  眼を、クルクル回して見せる。
  笑っている藤川佐知子。
  笑顔の秀夫。
  まだ、睨んでいた鶴見先生が、チョークを持って、
  黒板に、書き出す。
   秀夫、ボールを、取り出して、上に、投げる。
  鶴見先生、黒板に向かって、書いている。
  秀夫、次は、ボールを、上に投げて、床に、
  ゴンと落としてから、受ける。
  鶴見先生、一瞬、チョーク止めるが、
  また、書き出す。
  秀夫、何回も、床に、ボールを、落として受ける。
  ゴン。ゴン。ゴン。
  鶴見先生、無視して、どんどん、書き進む。
  ゴン。ゴン。ゴン。
  秀夫、右手を、挙げる。
秀夫「先生。質問です」
  鶴見先生、チョークを止める。
秀夫「どうして、先生は、社長にならなかったんですか?」
  一同、笑う。
  鶴見先生、振り返って、蒼ざめた形相で、
  演壇から降りて、秀夫に詰め寄る。
  秀夫、教室の一番後ろまで、逃げる。
  空席が、目立つ。
  詰め寄る鶴見先生。
  逃げて、教室を一周する秀夫。
  追い詰める鶴見先生。
  教室の隅の角に、秀夫、追い詰められる。

秀夫「わかった。わかった。俺が、悪かった。
 全部、俺の責任だ。悪かった。わかった」
  鶴見先生、秀夫に、顔を近づける。
鶴見先生「静かにしてください。卒業まで、一週間ですから。
  お話したいことがあります。席に着いてください」
秀夫「そうでございますか。よろしく」
  秀夫、席に、もどりながら、
  藤川佐知子に、笑顔で答えて、
  大津恒夫に、バカヤローと、合図する。
96 競馬場
  だだっ広い競馬場。
  煙草を吸っている鶴見先生の父親
  (二役)と小学生の鶴見先生。
鶴見先生(N)「私の父は、
 煙草ばかり吸っている小学校の教師でした。
 家の近くが、競馬場で、
 小さいころは、よく、ついて行きました。
 そんな父も、定年を迎え、
 煙草の吸いすぎでしょうね。いっぺんに、
 痩せ細って、病院に、入院しました。
 肺癌でした」
97 鶴見先生の家
  鶴見先生の父親と母親、小学生時代の鶴見先生。
  ご飯を、食べている。
  鶴見先生の父親、食後の一服。
  二人の前で、煙草吸っている。
98 病院
  医者の前で、鶴見先生の母親が、泣いている。
  横に、小学生時代の鶴見先生。
99 病院の屋上(晴れ)
  洗濯物が、なびく横で、
  パジャマ姿で、ガリガリになった鶴見先生の父親が、
  遠く山並みを、見ている。
  馬が、走るひづめの音。鳴り響く。
100 病院の一室(夜明け)
  パジャマの上にオーバーコートを着た
  鶴見先生の父親が、静かに、起きる。
鶴見先生(N)「その日は、有馬記念の日でした。
 行きたかったんでしょうね。一年の最後ですから」
101 病院の廊下
  腰をかがめて歩く鶴見先生の父親。 
 
102 競馬場の玄関通路
  鶴見先生の父親が、走っている。
103 競馬場のパドック
  一番前で、柵に手をかけて、
  馬を見ている鶴見先生の父親。
104 競馬場の観覧席
  満員。
  鶴見先生の父親が、笑いながら、
  馬券をちぎって、上に、放り投げている。
  鶴見先生の父親、座って、レースを見ている。
  下段で、男の子が、ジュースを、飲んでいる。
  じっと、見ている鶴見先生の父親。
(O・L)
105 競馬場の観覧席(夕方)
  鶴見先生の父親が、眼をつぶって、
  すわっている。
  周りの男たち、帰っていく。
  掃除のおばさんが、掃除しに来る。
  鶴見先生の父親の周りを、ほうきで、
  はく。
  下段。横。上段。
  掃除のおばさん、鶴見先生の後ろに来て、
  話しかける。
掃除のおばさん「お疲れのようですね」
  鶴見先生の父親、横に、倒れる。
掃除のおばさん「死んでいる」

106 経理課教室
鶴見先生「救急車で、運ばれましてね。また、その日は、
 とても、寒い日だったです。どうして、行ったんでしょうね。
 私には、競馬なんかするなって、よく、言ってました。
 私も、もう2年で、定年です。それから、
 (声を、つまらす)どうやって、生きていきましょう」
 皆、うつむいている。
秀夫「(大声で)先生」
 秀夫、泣きながら、鶴見先生に、かけ寄る。
秀夫「先生、わかった。もういいよ。俺、悪かった」

107 卒業式
  仰げば尊しの曲が、聞こえる。
  一人ずつ、名前を、呼ばれて、
  卒業証書を、姫井理事長から受け取っている。
秀夫「次、俺だ」
  秀夫も、受け取っている。
  秀夫、席にもどる時、つまずいてこける。
  その拍子に、卒業証書を、真二つに、ちぎって、
  破いてします。
  皆、俯いて、笑う。
  秀夫、両手に、卒業証書の半分を、掲げる。
秀夫「どうしよう。セロテープないっすか」
姫井理事長「バカっだね」
秀夫「なんか、言いました?」
  姫井理事長、相手せず、次の人に、
  卒業証書を、手渡す。
大津恒夫「夕方、6時に、阪急東通りだって」
秀夫「あっ、そう。先生、来るの?」
大津恒夫「来られます」
秀夫「よかったね。(半分の卒業証書を、見ながら)
 これ、どうしよう」

108 酒場・貸切部屋
  経理課卒業生一同、集まっている。
女性一同「イッキ。イッキ。イッキ。イッキ」
  大津恒夫が、大ジョッキを、飲み干している。
  皆、拍手。
  秀夫、歌い出す。
秀夫「ひとつ出たほいのよさほいのほい、
 一人娘とやるときは、親の許しを得りゃならぬ。
 ふたつ出たほいのよさほいのほい、
 二人娘とやるときは、姉の方からせにゃならぬ。
 みっつ出たほいのよさほいのほい、
 見知らぬ女とやるときは、
 座布団かぶせて、せにゃならぬ」
  女性たち、白ける。
  上座にすわっている鶴見先生、歌い出す。
鶴見先生「知床の岬に はまなすの咲くころ
 思い出しておくれ 俺たちのことを
 飲んで騒いで 丘にのぼれば
 遥か国後に 白夜は明ける」
ギターの女性「旅の情か 酔うほどに さまよい
 浜に出てみれば 月は照る波の上
 君を今宵こそ 抱きしめん
 岩かげに寄れば ピリカが笑う」
全員「別れの日は来た ラウスの村にも
 君は出て行く 峠を越えて
 忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
 私を泣かすな 白いかもめを」

  宴会のまん中で、「知床旅情」に合わせて、
  秀夫が、ドジョウすくいの安来節を、踊る。
  秀夫、派手パンツ一丁で、鼻と口の間に、割り箸を、
  突っ込み、セーターを、首に、巻きつけている。
突然、鶴見先生、大声で、笑う。
鶴見先生「ワッハッハッハ」
109 商店街出口
  交差点。横断歩道。
  たくさんの人が、渡る。
  信号が、青信号から黄信号になる。
  経理課教室の連中。
鶴見先生「それじゃ、がんばってね」
秀夫「先生も、お元気で」 
  鶴見先生に、礼をして、ほとんどの生徒が、
  横断歩道を、渡る。秀夫も、渡る。
  一人鶴見先生、渡った秀夫たちを、見ている。
  秀夫、手を振る。
  渡りきった連中も、別れていく。
  秀夫、振り返ると、まだ、一人鶴見先生、立っている。
  秀夫、手を振る。
110 パチンコ屋前
  秀夫、振り返ると、鶴見先生、もういない。
  誰か、後ろから、見ている気がする。
  また、振り返るが、いない。
  誰か、見ている気がする。
  秀夫が、天井の飾りを見て歩いていると、
  パチンコ屋の大きな縫いぐるみ人形に、
  ぶつかる。
  経理課女性が、また、あいさつして、去っていく。
  秀夫と藤川佐知子、二人だけになる。
  四つ角、曲がる。
112 ホテル街
風が、強くなり、雪が、舞う。
  ホテルのネオンの中、秀夫と藤川佐知子が、歩く。
  前から来たアベックが、ホテルに、入っていく。
  
後ろから、豆腐屋の自転車が、来て、
  パフー、パフー、パフーと、鳴らしながら、
  通り過ぎる。
  秀夫、右手で、藤川佐知子の左手を、握る。
  藤川佐知子、握り返す。
  そのまま、二人、歩いて行く。
  藤川佐知子が、秀夫の方を、向いた時、
  いきなり、秀夫、口づけをする。
  女性歩行者二人が、口づけして抱き合っている
  秀夫と藤川佐知子の横を、見ながら通る。
  見つめ合う秀夫と藤川佐知子。
  二人、ホテルに、入りそうな素振り。
  秀夫、ズボンの後ろポケットから、財布出す。
秀夫「ごめん。全部、使っちゃって、
 電車賃しか残ってないんです」
  佐知子、寂しそうに言う。
藤川佐知子「帰ります」
秀夫「次の土曜日、会ってくれませんか」
佐知子「悪いです」
秀夫「その次の土曜日
佐知子「ううう」
秀夫「5時。三番街の紀伊国屋書店の前で」
  佐知子、眼鏡を掛け、メモ帳出して、ホテルの看板ネオンで、
  光を当てながら、書く。
佐知子「すぐ、忘れるので。5時ですね。紀伊国屋前」
秀夫「駅まで、送ります」
佐知子「さようなら」
  佐知子、振り返って、走り去る。

113 電車
  夜の川べり。
  電車が、川を、渡る。
  電車の中に、秀夫が、座っている。
114 御堂筋のカフェテラス
  クリスマスのイルミネーションの中、
  秀夫と佐知子が、カフェテラスで、
  コーヒーを、飲んでいる。
115 中ノ島中央公会堂前(夜)
  イルミネーションに飾られた中ノ島中央公会堂。
  秀夫と佐知子が、歩いている。
116 大阪南港ATC(夜)
  (アジア&パシフィック・トレードセンター)
  クリスマスツリーのイルミネーションの前を、
  秀夫と佐知子が、手をつないで、歩いている。
117 海遊館(夜)
  クリスマスツリーのイルミネーションの前を、
  秀夫と佐知子が、手をつないで、歩いている。
118 USJ(夜)
  (ユナイテッド・スタジオ・ジャパン)
  クリスマスツリーのイルミネーションの前。
司会者「スリー、ツー、ワン、メリー・クリスマス」
  花火と歓声。
  秀夫と佐知子も、叫ぶ。
秀夫「万歳」
佐知子「万歳」
  曲に合わせて、チーク・ダンスの二人。
119 御堂筋(夜)
  銀杏に飾られたイルミネーションの中、
  秀夫と佐知子、手をつないで、歩いて行く。  

秀夫(N)「メリー、メリー、クリスマス。
 サンキュー、御堂筋。
 メリー、メリー、クリスマス。
 ありがとう、大阪」
120 秀夫の家の前(夜)
  秀夫、玄関のベルを、押す。
  家の中に、明かりが、見えるが、
  誰も、玄関ドアを、開けてくれない。
  横の窓を、たたくが、反応が、ない。
  テレビの音が、聞こえる。
窓ガラスに、テレビが、映っている。
  秀夫、また、玄関のベルを、押す。
  ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
  秀夫、郵便受けから、中を、覗く。
秀夫「何、考えてるんや」
  秀夫、雨どいと壁に、足をかけて、
  二階へ、よじ登っていく。
  

二階の窓を、はずして、中に、入る。
 「どろぼう」
  道路で、女の声。
  秀夫、気にせず、二階の部屋に入る。
121 秀夫の二階の部屋
  暗闇。
  秀夫、電気つける。
  はずした窓ガラスを、つける。
秀夫(M)「誰が、どろぼうや」
  パソコンと多くの本。
  跳ね上がったベッドの布団を、整える。  
122 階段
  秀夫、階段を、降りる。
123 一階の居間
  二番目の姉の徐 清美が、座っている。
秀夫「キヨちゃん、おったん?」
清美「うん、おってん」
秀夫「ベル、鳴ったら、開けな」
清美「テレビ、見ててん」

秀夫「ファイト」
清美「ファイト」
秀夫「(握り拳を、つくって)ファイト」
清美「ファイト」
秀夫「ファイト」
清美「ファイト」
秀夫「ファイト」
清美「ファイト」
秀夫「がんばってや」
清美「がんばってや」
秀夫「がんばってや」
清美「もう、やめえな」
  秀夫、座っている清美の前においてある菓子箱から、
  丸い煎餅を、取って、なめる。
秀夫「あげよ」
清美「いらんわ」
秀夫「あげる」
清美「ありがとう」
  清美、受け取って、菓子箱に、もどす。
  玄関のベルが、鳴る。
  ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
秀夫「ほら、鳴ったやろ。玄関、開けな」
  ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
  秀夫、玄関開ける。
  母親の勝子と妹の和子、荷物を持った慶夫が、
  飛んで、入ってくる。

和子「どろぼう、捕まえた?」
秀夫「和ちゃん」
124 居間
  ドッと、笑い声。
  妹の和子(41)も、笑う。
和子「はい。はい。はい。はい。本当に、笑かすなあ。
 前の奥さんが、血相変えて言うから、もどってきたんやけど、
 帰るわ。ここには、盗まれるものもないわ」
清美「そうか。私も、帰る」
秀夫「ごくろうさん。だんなさん、元気?」
和子「元気や」
秀夫「あ、そう」
和子「ここ来たら、何、言われるかわかれへんわ」
秀夫「何言おうが、勝手や」
勝子「ええかげんにしいや。わざわざ、来てるのに」
和子「勝手やったら、勝手にしいな」
秀夫「してるがな」
和子「ええ歳こいて、しゃんとしい。
 親に甘えるのも、ええかげんにしいや」
秀夫「しゃんとしてる」
和子「生活費、入れてんのかな」
秀夫「入れてるよ」
和子「なんぼ?」
秀夫「1万円」
和子「これじゃ、姉さんも、逃げて行くわ」
秀夫「出て行った」
和子「はい。はい。はい。はい。また、来るわ。
 話でけへん。そんじゃね」
清美「そんじゃね」


125 食堂(昼)
  ラジオで音楽、聴きながら、
  食器棚のガラスに映った自分の顔を、
  チラッ、チラッと、見ながら、
  一人、蕎麦を、食べている。
126 洗面所
  鏡見ながら、電気髭剃りで、
  顎あたりを、こすっている。
127 居間
  三つ揃えの背広を着て、ポーズ取る秀夫。
  箪笥の鏡で、頭髪に、トニックつけている。
  箱の中から、新品の黒皮靴を、履いて、
  オーバーコートを、パッと広げて着て、
  値札の付いた中折れ帽子を、かぶる。
  格好付けながら、居間の中を、歩く。
  アベックで歩くことを、想像して、
  腕を、組むようにして、一周する。
128 玄関
  誰もいない部屋に、向かって、
秀夫「それじゃ、行って来ます。帰りは遅くなるよ。
 行ってらっしゃい。気をつけて」

129 タクシーの中
  値札のぶら下がっている中折れ帽子の秀夫が、
  タクシーの後部座席に、座っている。
  バックミラーで、中年のタクシー運転手が、
  帽子の値札を、チラッ、チラッと、見る。
宮本運転手「お客さん、失礼ですけれど、いいですか」
秀夫「何?」
宮本運転手「帽子に、値札が、ぶら下がってますよ」
秀夫「本当だ」
  秀夫、帽子を脱いで、値札を千切る。
宮本運転手「嘘は、言いませんよ」
秀夫「後ろ見て、運転するのが、得意なんだね」
  秀夫、宮本運転手の顔を、両手で、後ろからふさいで、
  前を、見えなくする。
宮本運転手「やめてください」
  秀夫、宮本運転手の顔を、揉んで、くしゃくしゃにする。
宮本運転手「前が、見えない」
秀夫「いいじゃないの、後ろが見えれば、この野郎」
  宮本運転手、急ブレーキをかけて、
  タクシーを、停め、外に出る。
  外から後部座席のドアを、開ける。
宮本運転手「降りてください。料金、要りません。
 降りてください」
秀夫「わかった。俺が、悪かった」
宮本運転手「今度すると、警察行きますよ」
秀夫「冗談。冗談」
宮本運転手「ほどほどにしてください」
秀夫「わかった。横に乗るよ。それなら、いいだろう」
  秀夫、助手席に乗っている。
  宮本運転手、毅然とした態度で、運転している。
秀夫「おれも、タクシー、乗ってたんだよ。
 変な客がさあ、いきなり、助手席に乗ってきてさ、
 (股を押さえながら)グッて、握るんだよ。
 いいから、行って。行き先言わないんだ。
 あの時は、肝つぶしたよ。ほんと」
  宮本運転手、噴き出す。
宮本運転手「(手で口を押さえながら)運転できないじゃないですか」
秀夫「三千円チップもらった」
 

  ラジオの音楽
 「いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃん。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃ大阪。
 北でも、南でも、いいじゃ、いいじゃ、楽しけりゃいいじゃん。
 おまわりさん、学校の先生、成りたけりゃ、いいじゃん。(OK)
 好きだって、この気持ち、伝わんない、どうしよう。
 時間が、たっても、解決しないぜ。BABY
 せつない、叫んで、街に、飛び出そう。
 この瞬間、一歩、踏み出そう。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃん。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃ大阪。
 お年寄り、若いもん、いいじゃ、いいじゃ、やる気ありゃいいじゃん。
 看護師さん、お医者さん、あんた成れるよ、いいじゃん。(OK)
 好きだって、この気持ち、伝わんない、どうしよう。
 泣いて、笑って、バカしてるって。BABY
 眠るのも、終わりにして、起き上がろう。
 この瞬間、一歩、踏み出そう。
 あんたと俺と人生、別なんだ。
 何から何まで、違う。違う。違う。
 違っても、いいじゃん。違っても、いいじゃん、違っても、いいじゃん。
 いっしょに、やれること、きっと、ある。
 探し物、見つける旅に出よう。
 二人のインスピレーションも、捨てたものじゃない。
 今日は、おニューのジーンズさ。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃん。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃ大阪。
 働いて、悩んで、いいじゃ、いいじゃ、がんばりゃいいじゃん。
 美容師さん、大工さん、あんた成れるよ、いいじゃん。(OK)
 好きだって、この気持ち、伝わんない、どうしよう。
 助けに、来る人、誰もいないって。BABY
 昨日の俺とお別れしたい。
 この瞬間、一歩、踏み出そう。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃん。
 いいじゃん。いいじゃん。いいじゃ、いいじゃ、いいじゃん。大阪」

130 西梅田
  タクシー停まる。
秀夫「いいよ。取っといて」
宮本運転手「よろしいんですか」
  秀夫、助手席から、降りる。
  宮本運転手も、運転席から、降りて、
  秀夫に、駆け寄る。
  秀夫と宮本運転手、握手する。
秀夫「いいから。がんばって」
宮本運転手「どうも、ありがとうございました。
 気をつけて」
秀夫「おう」
  秀夫、背を向けて、右手挙げる。
  歩く秀夫を、後ろから、タクシーが、
  猛スピードで、追い抜き、四つ角を、曲がり去る。
  秀夫、ズボン後ろポケットから、財布出す。
  五千円札を、つまみ出して、
秀夫「しまった。大きい方やっちゃった」
  秀夫、俄然、走り出す。
秀夫「待て。この野郎」
  タクシーが、行った方へ、四つ角、曲がる。
131 梅田スカイビル空中庭園展望台
  秀夫、切符を、買って、エレベータで、上がる。
  エスカレーターに乗って、上がる。
  40F屋内展望台で、
  カフェスカイ40やギャラリーを、見る。
  屋上展望台で、大阪の夕焼けを、見る。
    

132 阪急三番街紀伊国屋書店
  待ち合わせをする人と電車に乗る人で、
  ごった返している。
  行き交う人、人、人。
  顔、顔、顔。
  秀夫、藤川佐知子を、探すのに、疲れる。
  藤川佐知子は、秀夫には、見えないが、
  柱の横で、立っている。
  二人とも、相手に、気づかない。

  佐知子の横で、待ち合わせていた若い男女が、
  楽しく話している。
  立っている秀夫に、男の子が、
  アッカンべをする。
  母親が、男の子を、引っ張っていく。
  佐知子、柱の横にあるゴミ箱に、
  紙切れを、はじき入れて、柱から、去る。
  秀夫も、若い女3人が、大声で、
  笑って歩く方向へ、ついていく。
  佐知子と秀夫、正反対の方向へ、
  歩いて離れていく。
133 大きなターミナル駅・切符売り場
  秀夫、切符を買っている。

134 プラットフォーム
  プラットフォームに立つ秀夫。
  遠くの別路線のプラットフォームの電車に、
  藤川佐知子が、すわっている。
  出発のアナウンス。  
  秀夫、階段、降りる。
135 通路
  秀夫、走る。
136 別路線のプラットフォーム
  秀夫、階段、上がって来る。
  佐知子の乗っている電車に乗る。
  電車出発。
137 電車
  トンネル、くぐる。
  電車の中の蛍光灯、一瞬、消える。
  暗闇。
  蛍光灯、点く。
  すわっている佐知子の前に、
  秀夫が、立っている。
秀夫「こんばんわ」
  

  秀夫の前に座っているのは、
  藤川佐知子ではなく、
  娘の早紀に似た若い女性でした。
  若い女性は、のけ反って、驚き、
  逆に秀夫を、睨み付けて、席を立ち、
  足早に、他の車両へ、走り去る。
  秀夫、帽子を上げて、頭を掻く。
  空席になったところへ、年寄りおばあさんが、
  秀夫の袖から、割り込んで、座る。
  おばあさん、母親の勝子に、似ている。
  おばあさん、秀夫に向かって、
  歯ぐきを出してニヤッとする。
138 阪急三番街紀伊国屋書店
  たくさんの人が、いたのに、
  今は、ガラーンとしている。
  疲れた秀夫が、帽子を、右手に持って、
  階段を、降りて来る。
  柱にもたれて、藤川佐知子が、立っている。

 秀夫、階段で、立ち止まって、
  階下の佐知子を、見る。
  佐知子、まだ、秀夫に、気づいていない。
139 柱の二人
  「蛍の光」の伴奏曲が、鳴っている。
  秀夫が、佐知子がいる側面の横の側面にいる。
  佐知子、横の側面に、誰かがいると、気づく。
  秀夫、佐知子の方を、覗いて、また、隠れる。
  佐知子、秀夫の方を、覗く。
  誰も、いない。
  佐知子、元の側面に、もどるが、誰もいない。
佐知子「わっ」
  佐知子、顔だけ、出して、驚かそうとするが、
  誰も、いない。
  佐知子、柱の回りを、一周する。
  誰も、いない。
  佐知子、また、柱の元の側面に、もどる。
  泣きそうになる。
  秀夫、顔を、出す。
  笑っている佐知子。
  二人、下を見ながら、向き合う。
  係員が、遠くから、走ってくる。
秀夫「来た。来た」
  係員、すってんころりんと、滑って尻餅つく。
係員「一体、何やってんだ」
  秀夫と佐知子、手をつないで、
  半開きのシャッターを、くぐる。

140 下りのエスカレーター
  「蛍の光」の曲が、鳴っている。
佐知子「知っているお店が、あるの」
  佐知子と秀夫、長い下りエスカレーターに、
  乗っている。
141 動く歩道
  「蛍の光」の曲が、鳴っている。
  佐知子と秀夫が、動く歩道に、乗っている。
142 地下階段
  佐知子と秀夫が、階段、降りていく。
143 地下街・泉の広場
  地下街に、噴水が、ある。
144 地下の店
  佐知子と秀夫、細い階段を、
  降りて行って、店に入る。


  看板「グラスポッター」
145 バー・グラスポッター
  お客のいないカウンターとテーブル2個の狭い店。
  佐知子と秀夫、テーブルに、向き合って座る。
  ウエイター、蝶ネクタイしている。
ウエイター「ご注文は?」
佐知子「苺パフェ」
秀夫「ブランデー」
  ウエイター、去る。
佐知子「もう、帰ってもいいですよ」
秀夫「えっ」
佐知子「帰って」
  秀夫、壁の絵を見て、佐知子を、見れない。
  佐知子は、秀夫を、見ている。
  絵には、細さを強調した白ゆりと黒い花瓶が、
  描かれてある。
  ウエイターが、山盛りの苺パフェとブランデーと、
  レシートを、置く。
  秀夫、笑顔のウエイターの顔を、見る。
  ウエイター、ちょび髭を、はやしている。
  ウエイター、いなくなって、二人だけになる。
  秀夫、ブランデーを、2回に分けて、飲む。
  佐知子、食べずに、秀夫を、見ている。
  秀夫、佐知子を、見れない。
  秀夫、ブランデーを、飲み干して、レシートを、取り、
  レインコートを、脇に抱える。
  

  秀夫、無理に、聞こえるジャズの曲に、
  合わせて、レインコートを、着る。
  レジで、ウエイターに、5千円札とレシートを、渡す。
  ウエイターが、口を、一文字にして、
  目で、佐知子の方と秀夫を、見て、
  うなずく。
  秀夫、おつりを、受け取り、財布に、入れながら、
  ウエイターが、「ありがとうございました」と、
  言うのを、待つ。
ウエイター「ありがとうございました」
  秀夫、ドアを、開けて、階段下に出る。
  看板「グラスポッター」
  店の中から、違うスローなジャズの曲が、聞こえる。
  秀夫、階段を、上がる。

146 街路(雨)
  夜、人も歩いていない。
  雨。
  秀夫、帽子をかぶって、歩く。
  タクシーが、寄ってくるが、秀夫、乗らない。
                 (O・L)
146 街路(晴れ)
  朝、通勤の人が、足早に、
  歩いている。
147 パチンコ屋の前
  蝶ネクタイ、白ワイシャツ、黒ズボンの秀夫が、
  ほうきで、道を、掃いている。
  軍艦マーチが、鳴っている。
  10時開店。並んでいた人たちが、
  パチンコ屋に、入っていく。


148 パチンコ屋・ホール
  開店。
  客が、入ってきて、台を、選んでいる。
  金縁眼鏡の青木店長(38)が、新米の店員、鈴木稔(21)を、
  どなりつけて、出て行けとばかりに、首に手を当てて、
  出入り口を、指差す。
149 パチンコ屋のトイレ・大便室
  洋式の大便器の上で、膝に片足掛けて、
  蝶ネクタイ、白ワイシャツ、黒ズボンの秀夫が、
  煙草を、吸っている。
秀夫「エマニエル」
  秀夫、エマニエル夫人の曲を、口ずさんでいる。
150 パチンコ屋のトイレ・洗面器前
  泣きながら、鈴木稔が、入ってくる。
  鈴木稔、洗面器に、うつ伏せになって、泣く。
  大便室のドアが、開く。
秀夫「どうした?」
鈴木稔「クビだって」
秀夫「あの野郎」
  突然、青木店長が、入ってくる。
  

青木店長「何やってんだ」
秀夫「なんだ」
  青木店長と秀夫が、タックルして、
  つかみ合いになる。
  青木店長の金縁眼鏡が、飛んで、
  踏まれて、壊れる。
151 トイレ・大便室
  秀夫、青木店長に押され、二人とも、
  大便室に、なだれ込む。
  両者とも、頬や鼻を、ひねり合い、押し合う。
  顔面を、お互い、壁に、押し当てる。
秀夫「くそ」
青木店長「この野郎」
  大便の水が、流れる。
  秀夫が、青木店長の首を、ヘッドロックする。
  秀夫、青木店長の顔を、水に、近づける。
  青木店長、秀夫を、持ち上げる。
  秀夫、青木店長の首を、離さない。
  秀夫の足が、壁から天井へ這う。
  秀夫、青木店長の首を持ったまま、
  逆さ吊りになる。
  秀夫、天井で、一回転して、
  洗面器前の鈴木稔の横に、立つ。
  睨み合う青木店長と秀夫。

152 トイレ・洗面器前  
  女子店員が、トイレのドアを開けて、
  入ってくる。
女子店員「店長、社長から、電話です」
  青木店長、大便器の横から、
青木店長「今、行く」
  女子店員、秀夫と鈴木稔に、
  ニッコリ笑って、ドア閉める。
  青木店長、壊れた金縁眼鏡を、拾い、
  秀夫に、そっぽ向いて、
  出て行く。
秀夫「なんだ、あの態度」
鈴木稔「大丈夫ですか」
秀夫「あああああ。生きるも死ぬも俺たち二人か。
 また、職探しだ」
鈴木稔「クビになったのは、俺だけですよ」
秀夫「おれもやめるんだ。店長の顔見てるより、
 馬の鼻の穴、見てる方がましだ」
鈴木稔「どうするんですか」
秀夫「休憩。泣くな」
鈴木稔「泣いてませんよ」
秀夫「鏡、見ろ」
鈴木稔「李さんの方が、鏡、見た方が、
 いいんじゃないですか」
  秀夫、洗面器の鏡、見る。
秀夫「何も、おかしくないじゃないか」
  秀夫、曲がった蝶ネクタイを、直し、茶色に染めた髪を整える。
  鈴木稔、横で、クスクスと笑っている。
  
153 馬券売り場WINS・トイレ
  洗面器の鏡。
  秀夫が、鏡に、水の付いた人差し指で、
  大きな円と十字を、描いて、
  東を、E、西を、W、北を、N、南を、Sと書く。
  横で、見ている鈴木稔が、見ている。
  秀夫、鏡に、乾坤一擲と、書く。
秀夫「勝負に、勝つということは、
 乾坤一擲、勝負に勝つ。
 中国四千年のことわざにも、
 方角にも、ある。
 乾坤の乾は、真南。
 つまり、勝負する時は、真南の方角に行って、
 勝負しろということや。そうすれば、勝つ。
 だから、難波に来た。
 今日は、一白水星。
 萬法帰一、何事も、一に、帰る。
 今日は、1枠1番で、勝負や」
鈴木稔「本当ですか」
秀夫「本当やないか。儲かったら、おごってや」
  男性が、入ってきて、秀夫と鈴木稔、
  トイレから、出る。
154 馬券売り場WINS・地下売り場
  たくさんの人々。
  
 藤川佐知子が、JRA職員として、窓口で、
  馬券を、売っている。
  秀夫、遠く壁から、窓口の藤川佐知子を、
  見ている。
  秀夫と鈴木稔、藤川佐知子の窓口に、並ぶ。
  次の番の秀夫が、前の男性の肩越しに、
  馬券を売っている藤川佐知子を、見る。
  隣の窓口のシャッターが、突然、閉まる。
  シャッターが、開くと、
  女性職員が、変わっている。
  秀夫と鈴木稔の番に、なった時、
  窓口のシャッターが、降りる。
  降りた窓口のシャッターの隙間から、
  藤川佐知子が、振り向き様に、
  秀夫を、見る。
  窓口のシャッターが、開き、
  別の女性職員が、すわっている。
  鈴木稔が、窓口に、進む。
  秀夫、窓口の中を、見ているが、
  藤川佐知子は、いない。

155 馬券売り場WINS・出入り口
  藤川佐知子が、地下売り場から、
  女性職員に、混じって、階段を、
  上がってくる。
女性職員たち「お疲れ様でした」
  それぞれ、礼をして、別れていく。
  馬券売り場WINSのシャッターも、
  閉まっていく。
鈴木稔「つけますか」
秀夫「今日は、とことん、つけてみよう」
  鈴木稔は、派手なチェックのハンチング、
  秀夫は、白色のハンチングを、かぶっている。


  二人とも、黒いサングラスを、
  している。
156 なんば高島屋百貨店・地下食品売り場
  たくさんの買い物客。
  秀夫と鈴木稔が、ケンタッキーフライドチキン
  カーネル・サンダース人形の横で、
  時計を見ながら、歩いている。
  藤川佐知子が、店の中で、
  フライドチキンを、一人、食べている。
157 地下鉄「心斎橋駅」プラットフォーム
  人。人。人。
  地下鉄電車が、入ってくる。
158 地下鉄電車
  満員。
  秀夫と鈴木稔が、隣車両の藤川佐知子が、
  降りようとするのを見て、
  あわてて降りる。
158 地下鉄「心斎橋駅」
  藤川佐知子、階段を上がり、改札口から出る。
  秀夫と鈴木稔も、乗降客に、
  もまれながら、後を追う。
159 地下道
  秀夫と鈴木稔、改札口を出て、
  佐知子を、見失う。
     
160 地下道
  走る鈴木稔。
161 地下道出口
  チラッと、階段を上がる藤川佐知子が、
  見える。
162 改札口前
  秀夫が、指笛を、鳴らす。
  地下道に、響き渡る。
  大阪のおばちゃんが、独り言のように、歩きながら言う。
 「やかましい」
  遠くで、振り向く鈴木稔に、
  秀夫、合図送る。
163 地下道
  走る鈴木稔。
164 地下道出口
  階段を上がる秀夫と鈴木稔。
165 心斎橋商店街
  週末の人。人。人。
  秀夫と鈴木稔、人ごみに右往左往する。
鈴木稔「あそこ」
  チラッと、藤川佐知子が、四つ角を、
  曲がるのが、見える。
  秀夫、ちょっと、黒サングラスを、ずらす。

 人ごみの中、佐知子の後を、
  追う鈴木稔と秀夫。
  四つ角を、曲がる。
166 御堂筋新橋交差点
  御堂筋横断歩道を、渡り切って、
  藤川佐知子、御堂筋沿いに、歩いていく。
  信号が、青色から黄色に、変わる。
  鈴木稔、御堂筋横断歩道を、走って渡る。
  秀夫も、渡ろうとする。
  道路真ん中で、タクシーが、スタートしかけて、
  秀夫に、当たりそうになる。
秀夫「危ねえじゃねえか。気をつけろ」
タクシー運転手「どこ見て、歩いてんだ。はげ」
  秀夫、ハンチングを、車のボンネットに、
  たたきつける。
秀夫「誰が、はげなんだよ。人が、
 どこ歩こうが、勝手だろう」
  クラクションが、鳴る。
  タクシー、走り出る。
  秀夫、運転手に、指差して、
秀夫「ここは、俺の街だ。気をつけろ」
  タクシー、走り去る。
  秀夫、ハンチングを、かぶって、渡る。

167 シャネル心斎橋店
  藤川佐知子が、高級ブランド・シャネル心斎橋店内で、
  カウンターを、はさんで、女子店員と、話している。
168 向かいの道路
  銀杏の木の横で、
  秀夫が、シャネル心斎橋店の佐知子を、
  観察している。
  鈴木稔が、缶コーヒーを、秀夫に、手渡す。
鈴木稔「冷えますね」
秀夫「サンキュー」
  秀夫、身震いする。
鈴木稔「何、見てるんでしょうね」
秀夫「ブランドだろう」
鈴木稔「出てきた」
  藤川佐知子、横断歩道を、渡る。
169 ルイ・ヴィトン心斎橋店
  藤川佐知子が、女子店員と、話している。
170 クリスチャン・ディオール心斎橋店
  藤川佐知子が、女子店員と、話している。
171 向かいの道路
鈴木稔「何を、話してるんでしょう」
秀夫「ウインドウ・ショッピングだろう」

鈴木稔「出てきた」
  藤川佐知子が、店から出てきて、
  地下鉄出入り口に入る。
172 JR大阪駅・プラットフォーム
  西明石行きの列車に、佐知子が、
  階段から上がってきて、乗り込む。
  秀夫と鈴木稔も、後ろから、覗き込んで、
  階段を、駆け上がる。
  列車の中の佐知子を、見ながら、
  二人、合図して、離れて、
  佐知子を、挟むようして、
  乗り込む。
  佐知子を、真ん中にして、両端で、
  秀夫と鈴木稔が、合図、送る。
  秀夫、すわる。
  眼鏡のおばあさんが、入ってきたので、
  秀夫、すぐ、立って、おばあさんに、
  席を、ゆずる。
  ドア、閉まる。
  列車、出発。
173 西明石行き列車
  吊り革を、持って立っている秀夫が、
  ハンチングを後ろかぶりにして、
  サングラスを、ずらして、
  網棚から取った新聞を、読んでいる。
  前に、すわっている女子高生二人が、
  クスクス笑っている。
174 JR芦屋駅
  看板・JR芦屋駅
  藤川佐知子、改札口から、出てくる。

  秀夫と鈴木稔も、改札口から、出てくる。
175 六麓荘町
  夕日。
  電信柱。芦屋市六麓荘町
  藤川佐知子、一角の大屋敷に、入っていく。
176 大屋敷
  表札が、「西」と、なっている。
  立て札「廃品回収」が、吊ってあり、
  新聞紙と古本、古雑誌が、山積みに、
  なっている。
秀夫「西向きの玄関に、表札が、西で、
 廃品回収?」
鈴木稔「どうしたんですか」
秀夫「この家は、金の出入りが、激しいということや」
  大屋敷の中から、低い怒鳴り声が、聞こえる。
「だまれ。帰れ」
  藤川佐知子が、出てくる。
  秀夫と鈴木稔、あわてて、隠れる。


  佐知子、泣きながら、走っていく。
  秀夫と鈴木稔、顔を、見合わせる。
  突然、屋敷の中から、壁を、越えて、
  ガラスの破片が、飛んでくる。
鈴木稔「あぶねえ」
  屋敷の中で、ガラスを、
  割っている音が、する。
秀夫「文句言ってやる」
  秀夫、屋敷の戸口を、押して、
  ハンチングとサングラスを、
  取って、中に入る。
  鈴木稔も、続いて、中に入る。
  
177 大屋敷の庭
  西泰造(71)が、パソコンのディスプレイを、
  ドラム缶の焚き火の横で、
  両手で、担ぎ上げて、庭石に、
  投げつける。
  秀夫と鈴木稔が、庭に、入ってくる。
西泰造「えらく、遅かったなあ。ガラクタ、
 全部、外に出してくれ」

  西泰造は、大きな髭を、生やしている。
西泰造「わっ」
  パンと音を立て、焚き火の火の粉が、大きく、
  燃え盛る。
  西泰造、仰け反る。
  秀夫、すばやく、縁側から、
  家に入り込む。
178 居間
  秀夫、通り抜ける。
  2台のパソコンと四面ディスプレイが、
  机にある。
  引越し整理のダンボール箱が、
  積み上げられている。
179 台所
  閑散としている。
  秀夫、流し台に置いてあったバケツに、
  水を、目一杯、入れる。
180 庭
  秀夫、持ってきたバケツの水を、
  ドラム缶の中に入れて、焚き火を、
  消してしまう。
  西泰造と鈴木稔が、あきれて、
  秀夫を、見る。
西泰造「ありがとう。今日は、この辺で、
 終わりにするか」
秀夫「片付けましょうか。ボサッとするな。
 大掃除。大掃除。いらんもの、全部、
 外に出せ」
鈴木稔「へーい」
 秀夫と鈴木稔、放ったらかしの古雑誌やガラクタを、
 整理整頓していく。
秀夫「テキパキ。テキパキ」
  
181 洗面所(夜)
  西泰造が、顔を洗いながら、
  じっと、鏡を、見ている。
  秀夫の「月の法善寺横丁」の歌が、聴こえる。
秀夫(N)「庖丁一本 晒にまいて 旅へでるのも 
 板場の修業 待ってて こいさん 
 哀しいだろが ああ 若い二人の 
 想い出にじむ法善寺 月も未練な十三夜
 こいさんが私を初めて法善寺へ
 連れて来てくれはったのは
 「藤よ志」に奉公に上がった晩やった。
 早う立派な板場はんになりいや言うて、
 長い事水掛不動さんに
 お願いしてくれはりましたなァ。
 あの晩から私(わて)は、私はこいさん
 好きになりました」
182 台所
  ガスコンロの鍋が、沸騰している。
  秀夫が、たまねぎを、切っている。
秀夫「はい、ラーメン、一丁上がり」
183 居間
 「乾杯」
  西泰造と秀夫と鈴木稔が、
  おちょこを、合わせている。
西泰造「大分、片づいたなあ。
 ラーメンまで、作っていただき、
 かたじけない。まあ、一杯、いこう」
秀夫「ええ」
西泰造「いける口、なんだろう」
秀夫「はい。ところで、引越しなんですか」
西泰造「引越しか、永遠に、酒を、飲んでいられるか、
 今夜、決まる」
秀夫「どういうことですか?」
  3人とも、相当、酔っている。
西泰造「飲めよ」
秀夫「はい。もう、帰らなくっちゃ」
西泰造「今夜、泊まっていけ」
秀夫「どこの馬の骨か、わからない人間に、
 泊まっていけは、ないでしょう」
西泰造「構わん。命の恩人だ」
秀夫「(歌いながら)帰りたい。帰れない」
西泰造「泊まれ」
秀夫「俺も、男だ。とことん、付き合いますよ。
 稔、おまえも、付き合え」
鈴木稔「最初から、そのつもりです」
秀夫「あっ、そう。(歌いながら)帰りたい。
 帰れない。ひとりぼっちが、つらくなっても。
 もしも、ピアノが、弾けたなら。
 奈良の大仏、屁で飛ばせ。狭い世間に誰がした。
 たかが、サヨナラだけの人生さ。さあ、皆様、
 お手を拝借、お客様は、神様です。
 三三七拍子。よう」
 三人とも、三三七拍子、拍手する。
秀夫「ありがとうございました」

184 お風呂場
  西泰造が、裸になって、
  水を、かぶっている。
  たわしで、体を、こする。
  乾布タオルで、背中を、
  ゴシゴシ、すり合わす。
185 2階・西泰造の部屋
  西泰造が、パソコンに、向かっている。
186 1階・居間
  いびきを掻いて、寝ている鈴木稔。
  寝ていた秀夫が、目をさまして、
  頭を、上げる。
187 階段
  秀夫が、静かに、
  階段を、上っている。
188 2階・西泰造の部屋
  秀夫が、ドアを、開けて、
  入ってくる。
秀夫「何、してるんですか。
 まだ、夜明け前ですよ」
  秀夫、西泰造の横に来て、
  パソコン画面を、覗き込む。
  株式チャートが、動いている。
秀夫「アメリカの株ですか」
西泰造「人の金で、株なんてするものじゃないなあ」
秀夫「ちょっと、いいですか」
  秀夫、西泰造を、押しのけて、椅子に座る。
  秀夫、マウスを動かしながら、
  画面の株式チャートを、指差す。
秀夫「ここでしょう。グーと下がって来て、
 チョキと上がって、パーと売る。この感覚ですよ。
 ほら、下がって来た。グーと下がって来て、
 チョキと上がって、パーと売る。
 わかりますね。一番上や一番下は、
 誰も相手しないんです。
 真ん中を、カモにするんです。
 5日前が、最安値でしょう。ちょっと、すわって」
 西泰造が、秀夫を入れ替わって、座る。
秀夫「ほら、グーと下がって、そこで、
 買って、チョキと上がって、パーと売る。
 わかってきたでしょう」
西泰造「グーチョキパー」
秀夫「カバラ1の法則も、知っていた方がいいですよ。
 困った時は、お互い様。なんでも、聞いてくださいよ。
 自分一人で、悩んじゃいけません。
 誕生日と今日の日付けを、足すんです。
 誕生日が、1955年9月30日ならば、
 1足す9足す5足す5足す9足す3和。
 32。3足す2和。5。
 5が、その人のカバラなんです。
 それに、今日の西暦の日付けを、足すんです。
 (指で数えながら)今日は、1の日だ。
 1の日は、あなたの望み通りになる日です。
 カバラ1の日に、株を、すればいいんです。
 ユダヤ人が、やってるんですよ」
西泰造「ありがとう」
秀夫「株価100円で、1000株買った。
 下がって、株価80円で、2000株買った。
 また、下がって、株価60円で、何株買うでしょう?」
西泰造「4000株」
秀夫「6000株です。1、2、6のドルコスト平均法です」
  秀夫、机の上から、
  世界地図が描いてあるコーヒー・カップを、
  手の平に、載せる。
秀夫「世界は、手の平の上に、あるんです」
  腕組みする西泰造。
秀夫「なんでも、聞いてくださいよ」
西泰造「元気出てきたなあ」
秀夫「儲かったんでしょう」
  二人、笑う。
秀夫「昨日、きれいな女の人、
 来たでしょう」
西泰造「来てないよ。どうして」
秀夫「入るところ、見たものですから」  
  鈴木稔が、部屋の入り口に、
  立っている。
鈴木稔「何、やってるんですか」
  秀夫と西泰造が、再度、大笑いする。
189 芦屋市六麓荘町の坂道
  ノートパソコンを脇に抱えた秀夫と、
  デジタルカメラを持っている鈴木稔が、
  坂道を、降りてくる。
秀夫「えらいもの、もらっちゃったなあ。
 やるよ」
鈴木稔「パソコン、いいんですか」
秀夫「いいよ。デジカメで」
鈴木稔「女ものですよ」
秀夫「いいってことよ。パソコンで、勉強しろ」
  秀夫が、持っているノートパソコンと、
  鈴木稔のデジカメを、二人、交換する。
鈴木稔「ありがとうございます」
  うれしそうな鈴木稔。
秀夫「写るんかなあ」
  秀夫、デジカメを覗く。
  デジカメに、女性用のキーホルダーが、付いている。
190 JR芦屋駅プラットフォーム
  朝の通勤ラッシュ時間。
  秀夫と鈴木稔が、プラットフォームの椅子に、
  すわっている。
  秀夫、大きなあくびを、する。
秀夫「会社に行く人間。家に帰る人間。
 椅子にすわってあくびする人間だ。
 怒る人間。泣く人間。それを見て、笑う人間。
 勝負に勝つ人間。負ける人間。
 それを、楽しむ人間。
 大儲けする人間だ。すってんてんになる人間。
 コツコツお金を、回す人間」
鈴木稔「(煙草取り出しながら)煙草を吸う人間。
 吸わない人間」
秀夫「人から煙草もらう人間だ。
 一本くれ、煙草」
鈴木稔「もてる男」
秀夫「もてない男
鈴木稔「ただただ、女をつけ回して、
 何も言わない男」
  二人、笑う。
秀夫「うまいなあ。やかましい」
  また、二人、笑う。
  
191 秀夫の家
  秀夫、ドア開ける。
秀夫「ただいま」
慶夫「お帰り」
  制服を来た慶夫が、鞄を、持って、
  靴を、履いている。
秀夫「写真、撮ってやろうか」
  デジカメを、突き出す。
慶夫「(相手にせず)いってきます」
秀夫「いってらっしゃい」
  慶夫、外に出る。

192 秀夫の家・2階
  秀夫、パソコンのスイッチを、
  入れる。
  パソコン画面に、株価ボードが、
  映っている。
  株価の数字と気配ランプの点滅が、しきりに、
  変化する。
  ゼロが、増えていく株価の数字。数字。数字。
193 数字のサスケ
  1から9までの大きな数字のサスケが、
  並んでいる。
  体操服の秀夫が、3から4と、跳んで、クリアする。
  5と6も、跳んで、クリアする。
  7から8に、跳ぶが、滑って転び、
  7の数字に引っ掛かって、
  宙ぶらりんになる。
  地面はなく、数字のサスケを、
  ゼロの形の沼が、囲っている。
  秀夫、落ちる。
  沼の中で、もがく秀夫。
  死体と向き合う秀夫。
  もがいても、なかなか、水面に上がれない。
  たくさんの死体が、水底に、
  足を引っ張っている。
194 秀夫の家・居間
  テレビで、サスケを、している。
  秀夫と慶夫と勝子の笑い声。

秀夫「並んで。もらいもののデジカメは、
 使われない。悪霊が、ついてる」
  慶夫と勝子が、並ぶ。
  秀夫が、使い捨てカメラの袋を破って、
  使い捨てカメラで、写す。
  パチッ。フラッシュが、光る。
  写真。
秀夫「はい」
  秀夫が、慶夫に、使い捨てカメラを、渡す。
  秀夫と勝子が、並ぶ。
  慶夫が、写す。
  パチッ。フラッシュが、光る。
  写真。
  秀夫と慶夫が、並ぶ。
  勝子が、使い捨てカメラのボタンを、
  力一杯、押す。
  写らない。
  秀夫、勝子に近づいて、
  使い捨てカメラのボタンを、指差す。
秀夫「ここ」
  秀夫と慶夫、並ぶ。
  勝子が、写す。
  パチッ。フラッシュが、光る。
  写真。
195 慶夫の部屋
  机の上に、別居中の母親弘子と
  慶夫と早紀と可奈が、ボーリング場で、
  並んでいる写真が、飾られている。
  壁にたくさんの写真が、貼ってある。
  韓国から渡ってきたおじいさん、おばあさんの写真。
  秀夫の父親や若い勝子の写真。
  秀夫の生まれた時の写真。
  幼少、幼稚園、小学校、中学校、高校、成人式の写真。
  アルバムを、めくる。
  秀夫と弘子の結婚写真。
  慶夫、早紀、可奈の赤ん坊から現在までの楽しい写真が、
  何枚も、大写しになる。
慶夫(N)「僕は、お母さんが、大好きです。
 お母さんは、お父さんと、よく喧嘩をします。
 お父さんが、大きな声を出すと、
 お母さんも、大きな声を出します。
 僕は、お母さんが、泣いたところを、
 見たことが、ありません。
 お母さんは、強いです。
 僕は、お母さんと、よく、相撲をします。
 お母さんが、よく、勝ちます。
 たまに、僕が、勝つと、
 お母さんは、もう一回、しようと、
 言います。
 僕に、勝つまで、相撲を、します。
 僕は、そんなお母さんが、大好きです。
 いつまでも、長生きしてください」
秀夫(N)「もらったデジカメ、返してくる。
 持ってたら、お化けが、出てくるやろ。 
 すぐ、帰る」
勝子(N)「いってらっしゃい」  

196 スーパーマーケット(夜)
  スーパーマーケットの店の中で、
  藤川佐知子が、買い物をして、
  レジで、お金を、支払っている。
  レジの店員と話している。
  佐知子、外に出る。  
197 向かいの道路
  秀夫が、スーパーマーケットの佐知子を、
  魚の煮干を、食べながら、睨んでいる。
  秀夫は、海賊みたいに、
  頭を、布で、覆っている。
198 交差点
  佐知子、横断歩道を、渡る。
199 向かいの道路
  秀夫、佐知子を、
  目で、追う。
200 交差点
  佐知子、もう一度、横断歩道を、渡る。
201 向かいの道路
  秀夫、佐知子を、追う。
202 大きな道路
  道路を挟んで、佐知子と平行に、
  秀夫が、歩く。

203 四つ角
  佐知子、左に曲がる。
204 歩道橋
  秀夫、駆け足で、歩道橋の階段を上がる。
  佐知子が、2階建てアパートの階段を上がって、
  明かりのある部屋に、入っていく。
  歩道橋から、秀夫が、佐知子を見ている。
205 佐知子のアパートの部屋
  佐知子と佐知子の夫である藤川富士夫(45)、
  長女富士絵(13)と次女幸絵(12)が、
  お膳を囲って、すき焼きを、食べている。
    

  佐知子が、夫の富士夫のコップに、
  ビールを、注いでいる。
楽しく、すき焼きを、食べている。
  玄関横の台所の窓が、
  少し、開いている。
  デジカメが、置かれてある。
206 デジカメ
  デジカメのフレームの中に、
  すき焼きを楽しく食べている佐知子たちが、
  映っている。
207 佐知子のアパートの部屋
  佐知子たちの様子を、
  少し開いた窓から、秀夫が、見ている。
  秀夫の顔。
208 アパートの2階通路
  秀夫が、少し開いた窓から、
  佐知子たちの様子を、見ている。
  秀夫、小声で、話しかける。
秀夫「楽しそうですね」
209 佐知子のアパートの部屋
  秀夫の声も、秀夫が、いることも、
  まだ、気づいていない佐知子たち。
210 アパートの2階通路
  秀夫、小声で、話しかける。
秀夫「大きくなったなあ」
211 佐知子のアパートの部屋
  秀夫に、気づかず、
  楽しく食べている佐知子たち。
212 アパートの2階通路
  秀夫、小声で、話しかける。
秀夫「また、会えるかなあ」  


213 佐知子のアパートの部屋
藤川富士夫「誰か来てるみたい」
  佐知子、窓の方を見て、
  秀夫に、気づく。
佐知子「キャー」
  佐知子、持っていたお茶碗と箸を、
  放り投げて、驚く。
214 アパートの2階通路
  佐知子が、出てきて、玄関ドアと、
  窓を、閉める。
佐知子「人の家を、覗かないでください。
 警察、呼びますよ」
  秀夫、黙っている。
佐知子「(小声で)何しに来たんですか。
 帰ってください」
  秀夫、押されて、あとづさりしながら、
  デジカメを、指し出す。
佐知子「要りませんよ。そんな物」
  

215 アパート階段  
  秀夫が、佐知子に、押されて、
  2階通路から、階段を、
  転がりながら、落ちる。
216 アパート1階
  秀夫が、仰向けに、
  気絶して、倒れている。
  佐知子が、2階から、見ている。
 

217 藤川佐知子のアパート前(朝)
  警察のパトカーが、停まっている。
  テレビレポーター田辺康樹が、マイクを持って、
  話しかける。
田辺康樹「全く、ドジな強盗殺人者が、いたものです」
218 佐知子のアパート部屋前
田辺康樹「本日、容疑者の李秀夫、51歳が、
 こちら、彦山アパートの2階、201号室、
 藤川富士夫さん宅に、忍び込んだのは、
 朝、5時15分頃でした」
219 佐知子のアパート部屋の中
田辺康樹「台所、箪笥の中、金品を、
 物色中に、こちらのご主人である藤川富士夫さん、
 45歳が、気づき、二人は、格闘となり、
 もみ合いになります。怖いです。
 就寝中だった奥さんと二人のお嬢さんは、
 何事かと、奥の部屋に、逃げます。
 李容疑者は、持っていた刃渡り11センチのナイフで、
 藤川さんの左胸を、刺します。即死でした。
 恐ろしいですね。
 その現場は、こちらです」
 畳の上に、白いペンキで、人間の形が、
 描かれてある。
田辺康樹「(奥の部屋から)ギャーと、奥さんが、叫んで、
 慌てたんでしょう。玄関から、飛び出て、
 通路を、走って逃げます」
 
  

220 階段下
田辺康樹「ワァー」
  テレビレポーター田辺康樹が、両手を挙げて、
  階段を降りる。
田辺康樹「慌てて、階段を、転がり落ちたんでしょう。
 こちら」
  階段下。地面に、白いペンキで、人間の形が、
  描かれてある。
  田辺康樹が、白いペンキを、指差す。
田辺康樹「踏ん反り返って、仰向けに、
 気絶してしまいます」
  田辺康樹、白いペンキの横で、
  地面に、仰向けになって、足を階段に上げて、
  大の字に、寝そべる。
田辺康樹「(寝ながら)パトカーが、来まして、
 最初、体をゆすっても、起きなかったので、
 死んでいるんじゃないかと、警察の方は、
 思われたそうです。
 しかし、犯人は、いびきを、かいていたんですね。
 こんな風に。(目をつむって)
 グー。グー。グー」
 

221 大阪地方裁判所・法廷内
  傍聴席は、超満員。ざわついている。
  報道陣も、見守っている。
大岡裁判長「静粛に。静粛に願います」
  検察側証人に、藤川佐知子が、座っている。


  手錠に繋がれた丸坊主頭の秀夫が、
  入ってくる。
  手錠を、外され、被告人席に、座る。
大岡裁判長「それでは、容疑者李秀夫の法廷を、
 開始いたします」
金正得弁護士「弁護側、準備完了しています」
橋守検事「検察側、準備完了です」
大岡裁判長「証人前へ出なさい」
  藤川佐知子、一瞬、振り返る。
  高橋守検事が、うなずく。
  藤川佐知子、立ち上がり、証言台に、
  立つやいなや、隠し持っていたスプレー缶を、
  秀夫の顔面に向かって、噴き付ける。
  炎となる。
  秀夫、顔面を押さえて、のけぞる。
藤川佐知子「(大声で)殺したのは、この人です。
 私の主人を、殺したのは、この人です。
 この人が、やったんです。あああああ」
  佐知子、泣き崩れる。
大岡裁判長「一時、閉廷します。早く、
 救急車を。氷で、冷やして」
222 公園(昼)
  藤川富士絵と藤川幸絵が、ブランコに、
  乗っている。
  横のベンチにすわって、煙草を吸いながら、
  藤川佐知子が、金正得弁護士に、話している。
佐知子「どうして、あんなことを、
 したんでしょうね。私にも、わからないわ。
 あれ以来、時間が、止まったみたいで、
 自分でも、なにがなんだか、わからないの。
 子供たちには、お父さんは、立派な人だった。
 誇りを持ってと、言ってるの。
 車の運転が、好きな人だったわ。
 車ばっかし乗ってた。
 それだけの人よ。
 朝の6時から、航空便の配達を、
 していたわ。伊丹空港のね。宅配よ。
 帰ってくるのは、夜の9時10時
 飛行機の最終便に、集めた荷物を、
 間に合わせるためだって、言ってたわ。
 仕事のことを、よく、話してた。
 わかんないけど。
 見合いで、結婚したのよ。
 知り合いのおばさんの紹介でね。
 お互い、初婚だった。
 最初は、一戸建てだった。中古の3階建て。
 あのアパートに、引っ越して来たのは、
 ちょうど、1年前。
 わかるでしょう。
 催眠術じゃない?
 催眠術、知らない?」
 金正得弁護士、首を振る。
佐知子「あういうの。好きなの。
 催眠術に、かかるじゃない。
 時間が、経ってくると、解けてくるの。
 自分でも、解けてるのが、わかるんだけれど、
 解けたくないの。
 ずっと、かかっていたいの。
 かかってるふりをするの。
 解けているのにね。
 気づかないのよ。
 かけた本人が、かかってくるの。逆にね。
 わかるでしょう。ふふふ。
 見えないのよ。
 誰にも。
 気づくと、また、かけるの。
 自分で。
 かけられてるのが、わかんないの」
金正得弁護士「デジカメ、知りませんか」
佐知子「知らないわ。彼が、犯人よ。
 自分のしたことが、
 わからないのよ。
 煙といっしょ。
 彼は、灰なのよ」
  
223 刑務所独居房
  スキンヘッドで、眉毛も剃っている秀夫が、
  座禅を、組んでいる。

224 秀夫の家・台所
勝子「殺してやる。みんな、あの女が、
 悪いんや。あの女のせいや
 手足折って、しばき倒してやる」
明美「やめよし」
  勝子、皿を、金槌で、次々、割っていく。
明美「やめて」
  勝子、窓を、開ける。窓から、
  路地裏に向かって、叫ぶ。
勝子「うちの息子が、何を、
 した言うねん」
明美「みっともないから、やめて」
  明美、泣き出す。
勝子「構へん。何言うてんねん。
 文句あったら出て来い」
225 秀夫の家・2階慶夫の部屋
  慶夫が、寝ながら、テレビで、
  吉本新喜劇を、見ている。
  勝子が、階段を、上がってくる足音がする。
  勝子、入ってくる。
慶夫「来よった」
  慶夫、立ち上がって、部屋を出る。
  勝子、小さな箪笥を、開けて、
  女物のワンピースを、取り出して、
  引き裂く。
勝子「こんなもの、いらん」
  勝子、3着ほど、丸めて、
  部屋を出る。
  ガラス戸を、思い切り、閉める。
226 秀夫の家・台所
  勝子、ガスコンロを、点火して、
  女物の服を、燃やす。
明美「消さな。危ない」
勝子「構へん」
  燃え盛る。
  数時間後。
  明美、一人、割れた破片を拾って、
  掃除している。
  勝子と慶夫が、買い物から、帰ってくる。
  慶夫、両手のビニール袋を、テーブルに、置く。
勝子「掃除機でする」
明美「まだ、あるえ」
勝子「構へん。肉買ってきた」
  ジュージューと焼肉が、鉄板で、
  焼かれている。
  勝子と明美と慶夫が、夕食を、食べている。
明美「なってしまったことは、
 しょうがない。これから、どうするかや。
 なるようになるんちゃう」
勝子「出てこれるんかなあ」
明美「その時は、その時や。
 考えてもしょうがない」
  3人とも、盛り盛り、焼肉とご飯を、
  食べている。
明美「キムチ、なかった?」
勝子「売り切れ。なあ」
  食べている慶夫、うなずく。
勝子「お父さんみたいになったら、
 あかん。しっかり、勉強してな。
 大きな会社、入るんやで」
  慶夫、食べながら、うなずく。

227 刑務所面会室
  スキンヘッドの秀夫に、勝子と清美が、
  面会している。
清美「ははは。どないしたの。きれいに頭、剃って。
 ツルツルやんか」
 勝子、笑顔で、係官に、
 頭下げて、挨拶する。
勝子「みなさんに、挨拶してな。
 朝、起きたら、おはようございます。
 ちゃんと、頭下げて。もっと。
 ここまで、頭下げなあかん」
清美「そうや。偉い人ほど、
 頭、低いんやで。なあ、お母さん。
 もっと、頭低くして、偉ならなあかん。なあ」
勝子「ご飯、食べてんの」
秀夫「食べてる」
清美「食べなあかんで。さあ、帰ろうか」
勝子「まだ、帰れへん」
秀夫「ええで。帰って」
清美「かわいそうになあ。泣けるわ。
 こんなところ入れられて」
秀夫「来月、また、裁判や」
勝子「何日?」
秀夫「15日」
  勝子、手帳を取り出して、鉛筆持つ。
勝子「眼鏡、忘れた。目が、見えへんねん。
 手帳と鉛筆は、いつも、持ってるんやけどなあ」
清美「書いたろうか」
勝子「書いて」
清美「ここやなあ」
  清美、メモする。
秀夫「達筆やなあ」
清美「字は、うまいんやでえ」
勝子「清美だけやんか。そろばん2級、書道2段
 取ってるの」
秀夫「たいしたものやなあ」
勝子「偉いんやでえ。明美も秀ちゃんも和ちゃんも、全部、
 中途半端。何一つ、最後まで、せえへん。
 帰ろう。帰ろう」
清美「帰るわ」
  勝子、ニヤニヤと、愛想笑いしながら、
  係官に、礼する。
勝子「よろしく、おたの申します」
  清美、怒ったように、秀夫に言う。
清美「元気だし。男の子やろう」
  清美、ニコリとする。
勝子「負けたらあかんで」
清美「そうや。負けたらあかん」
  勝子、出る。
  清美、後ずさりして、出る。
(O・L)


228 刑務所面会室
  スキンヘッドの秀夫に、明美と和子が、
  面会している。
和子「まあ、きれいに、剃り上げて、
 まん丸。まん丸。はっ。はっ。はっ」
秀夫「ユル・ブリンナーや。キャバレー行ったら、
 女に、もてるで」
和子「そら、もてるわ。強そうや。
 ええんちゃう。前より、元気。元気」
明美「やめとき」
和子「笑わな、気、持たへんやろ。
 滅入って」
明美「ほんまや」
和子「ついてないなあ。一つもええことないんちゃう。
 石切さんで、お百度参りでも、したろか」
明美「あそこは、でき物の神さんええ」
秀夫「ええわ」
和子「来た?あっちの人間」
秀夫「来てない」
和子「あっ、そう。白状やなあ」
明美「そんなもんええ。白状なもんええ」
和子「食事、おいしい?一辺、聞きたかった」
明美「やめよし」
秀夫「食べてる」
和子「3食昼寝付きやなあ。ええなあ」
明美「帰ろうか」
和子「帰るの。私も、帰る」
明美「いっしょに、帰ろう。
 地下鉄?方向音痴で、さっぱり、わかれへんわ」
和子「タクシー、乗ったらええやんか」
明美「そやなあ」
和子「たまには、ええんちゃう?」
明美「どこから、乗るの?」
秀夫「タクシー代、出そうか」
明美「それは、遠慮しとく」
和子「表、出たら、あるやろ」
明美「そやなあ。帰るわ。元気出しや。
 元気な顔、見て、安心した」
和子「そんじゃねえ」
  明美と和子、ドアから出る。
229 刑務所通路
和子「出れんの?」
  明美、顔を、しかめて、首振る。
明美「無理、無理」
            (O・L)
229 刑務所面会室
  慶夫と早紀と可奈が、座って、
  秀夫を、待っている。
  スキンヘッドで、眉毛のない秀夫が、
  ドアを、開けて、入ってくる。
早紀「怖い」
  入ってくるなり、秀夫が、
  大声で、泣き出す。
  仕切っているガラスを、たたく。
秀夫「早紀、可奈、堪忍してくれ。
 堪忍や。お父さんが、悪かった。
 許してくれ。堪忍や」
  慶夫と早紀と可奈、びっくりして、
  立ち上がり、壁に、張り付いて、
  寄り添う。
可奈「もうええわ。帰ろう」
秀夫「すまん。許してくれ」
  秀夫、泣きながら、
  机の上で、土下座する。
早紀「帰ろう」
  3人、出て行く。
  ドアが、閉まる音。
          (O・L)
  
230 刑務所面会室
  2分刈り坊主頭の秀夫と、
  勝子一人が、座っている。
  しゃべらない。
  勝子、向かって座らず、
  ドアの方に、横向きになって、
  チラッチラッと、秀夫を見る。
  秀夫、斜め天井を、見ている。
  なんとなく、気まずい。
勝子「それじゃ、帰るわ」
秀夫「そうか、そんじゃなあ。
 もう、ええで。
 来ても、いっしょや」
勝子「また、来るわ」
  勝子、出て、ドア閉まる。
           (O・L)

231 刑務所面会室
  金正得弁護士が、秀夫に、
  接見している。
  二人とも、韓国語で、話している。
秀夫「ソウルやプサンには、
 行った事が、あるんですが、
 故郷には、行ったことないです。
 一度、行って、どのようなところか、
 見たかったです
 (ソウレナプサネヌンカニリイッスンニダマン
 コヒャンエヌンカンジョオプスムニダ
 ハンボンカソオットハンコシンカ
 ポゴシポスムニダ)」
金正得弁護士「慶州だったよね
 (キョンジュヨッグニョ)」


秀夫「ええ、慶尚北道義城郡です。
 先生は?
 (キョンサンプットイソングンイムニダ
 ソンセンニムン?)」
金正得弁護士「光州だ
 (ガンジュダ)」
秀夫「慶州と光州は、仲が悪いそうですね
 (キョンジュワガンジュヌン
 サイガナプタゴハヌングニョ)」
金正得弁護士「友達は?
 (チングヌン?)」
秀夫「いません
 (オプスムニダ)」
金正得弁護士「同胞と、酒を飲んだり
 しないのか
 (トンポワスルルマシゴナ
 ハジアンヌンコシンカ)」
秀夫「しません
 (ハジアンスムニダ)」
金正得弁護士「日本人だけか
 (イルボニンマニンカ)」
秀夫「日本人も、いません
 (イルボニンドオプスムニダ)」
金正得弁護士「酒を、飲まないのか
 (スルルマシジアンヌンコシンカ)」
秀夫「飲みますよ
 (マショヨ)」
金正得弁護士「いける口か?
 (スルルケエマシヌンサラミンカ)」
秀夫「若い頃は、よく、飲みましたよ。
 (チョルムンムリョブン
 チャジュマショッソヨ)
 (ニヤリとして)
 飲みたくなってきました
 (マシゴシポジョオアッショスムニダ)」
金正得弁護士「何がしたい?
 (ムオスルハゴシポ?)」
秀夫「何がしたいって。出たらですか?
 (ムオスルハゴシッタゴ
 ナオミョニムニカ?)」
  金正得弁護士、うなずく。
秀夫「淀川の堤防を、
 散歩したいです。のんびりするんです。
 川端康成も、散歩してたんですよ。
 (ヨドガワエチェバンウル
 サンチェカゴシプスムニダ。
 ピンヅンコリムニダ。
 カワバタヤスナリドサンチェケッソヨ)
 大工大付属、東海大仰星啓光学園北陽
 大阪学院、浪商。神崎川と接点なってまして、
 江夏豊高橋尚子も、その辺です。
 (ククンチョイムニダ)
 短距離走の金丸君も、走ってますよ」
 (タルリゴイッソヨ)
金正得弁護士「走らないの?
 (タルリジアナ?)」
秀夫「走れるかなあ。
 (タルリルスイスルカ)
 走ってみたいなあ
 (タルリョポゴシプン)」
  秀夫、椅子から、立ち上がり、
  机の横で、腕を振って、
  ランニングする。
秀夫「気持ちいいですよ
 (キブニチョアヨ)」
           

232 法廷
  超満員の傍聴席が、
  騒々しい。
  大岡裁判長の木槌の音。
  秀夫が、腕組みをして、
  証人台に立っている。
大岡裁判長「被告人、何か言いたいことは、
 ありませんか」
李「裁判長、どうして、働かなくちゃ、
 いけないんですか」
大岡裁判長「私に、聞かれても、
 わかりません。ワッハッハッハッハ」
  傍聴席も、検事も、弁護士も、
  大笑いする。
  大岡裁判長の木槌の音。
大岡裁判長「主文、被告人を、死刑に処す。
 被告人は、結婚当初から、競馬、パチンコに、
 明け暮れ、仕事中も、熱中し、
 消費者金融から借金をし、返済のため、
 家を、売ってしまった。
 離婚後、インターネットの普及と共に、
 為替、株式のデイトレーダーとなり、
 働きもせず、また、投機、ギャンブルに、
 夢中になった。
 儲かっている振りをして、ごまかしていたが、
 一つも、儲けず、
 借りては、損をする自転車操業であった。
 弁護人の、被告人が、インターネットという
 文明社会の進化に伴う落伍者であると言う主張は、
 本件には、当たらない。
 株式投資会社を、作ることが、被告人の夢ならば、
 それを、実行するための忍耐力が、被告人には、
 欠けている。金銭欲だけが、先走り、
 家族や隣人に対する愛情が、ひとつも、
 見受けられない。
 よって、全員一致で、主文のとおり判決する」
  大岡裁判長の木槌の音。
  秀夫、裁判長に、向かって、
秀夫「ばか」
  皆、怪訝そうにする。
233 絞死刑台
絞死刑の縄の輪の向こうに、
  秀夫の顔。
  足元の板が、外される。
  紐が、切れて、下の床まで、落ちてしまう。
秀夫「紐、切れた」

234 葬式会場・一室
  祭壇前。
  可奈の大きな声。
可奈「お父さん。お父さん。お父さん」
  秀夫の母、徐 勝子(79)の黒帯の写真。
可奈「お父さん」
  秀夫が、胡坐を掻いて、
 腕組みして、柱に、
  頭をもたげて、寝ている。
可奈「お父さん」
秀夫「おっと。来た。よう来たな。
 早紀は?」
可奈「来てる」
秀夫「よう来たなあ。おばあちゃん、
 死んだんや」
可奈「知ってる」
秀夫「お母さんは?」
可奈「来てる」 
    

  和子、突然、入ってくる。
和子「何、してんの?」
  和子に続いて、明美、清美、
  勝子の妹の徐 波子(72)、
  徐 玉子(69)徐 浜子(68)徐 亀子(66)が、
  入ってくる。
徐 波子「秀ちゃん、座布団ないやんか」
秀夫「はい。はい」
徐 波子「投げて」
  端に座っていた秀夫、自分が、
  敷いていた座布団を、放り投げる。
  徐 波子が、座布団を、うまく受ける。
徐 浜子「ナイスキャッチ」
徐 波子「サンキュー。行儀の悪いことしたら、
 あかんな」
徐 浜子「それは、よくないよ」
徐 波子「ねえさん、ごめんね」
  徐 波子、祭壇の勝子の写真に、
  礼する。

235 葬式会場・廊下
  秀夫の元妻、朴 弘子が、柱に、
  隠れている。
  横に、早紀、可奈が、いる。
236 葬式会場・一室
  祭壇前。
徐 亀子「慶夫君か。呼んできたり」
  慶夫、弘子と早紀と可奈を、呼びに出る。
  祭壇の勝子の写真。
  親戚一同、徐 勝子の祭壇の前で、
  写真を、撮る。
  個別に、秀夫と慶夫、
  明美と清美と和子。
  徐 波子と徐 玉子と徐 浜子と徐 亀子。
  みんな、カメラに、ファイティング・ポーズを、
  取っている姿みたい、恰幅よく、睨んでいる。
  徐 波子と徐 玉子。
  徐 玉子と徐 浜子。
  徐 浜子と徐 亀子。
  みんな、すごい迫力。ちょっと、怖い。
  徐 波子と明美
  徐 波子と秀夫。
  女ばかり7人で、写真撮る。
徐 波子「みんな、笑顔ね。はい、チーズ」

237 葬式会場・一室
  祭壇前。
  棺に入っている徐 勝子。
  皆、大声で、泣き叫ぶ。
徐 波子「なんで、死んだ」
  秀夫、お金の入った封筒を、
  勝子の帯に、差し込み、手握る。
  慶夫も、握る。
明美「おかあさん。堪忍してや」
  泣き叫ぶ。
清美「堪忍して」
和子「天国行って。堪忍やで」
  携帯が、鳴る。
  皆、一瞬、泣くのを、止める。
徐 浜子「ごめん」
  徐 浜子、廊下に飛び出る。
  また、皆、大声で、泣き出す。
徐 玉子「アイゴ、ねえちゃん」
  

238 火葬場
  清美が、一点を見つめて、
  アリランの曲を、唄っている。
  灰となった徐 勝子の棺が、出てくる。
  火葬場職員田辺肇(29)が、マイクを、
  持って、長い箸で、骨壷に、骨を、入れていく。
火葬場田辺肇「骨上げで、ございます。皆様も、
 拾って、入れていってください。さあ、さあ、さあ、
 どうぞ。どうぞ。どうぞ」
  和子が、秀夫の背中を、ドンと叩く。
  秀夫、明美、清美、和子、慶夫、早紀、可奈、
  徐 波子、玉子、浜子、亀子、
  それぞれの夫たちも、箸を、使って、骨壷に、
  骨を、入れていく。
火葬場田辺肇「これが、大腿骨で、大きいでしょう。
 入らないので、こうして、折ります」
  田辺肇、箸で、骨を砕いて、骨壷に、入れる。
  繰り返し、骨を砕く。  
火葬場田辺肇「構いません。どんどん、
 入れていってください」
  最後に、秀夫、骨壷に、骨を入れる。
  骨が、骨壷から、はみ出ている。
  田辺肇が、はみ出た骨を、押し込むように、
  骨壷に、蓋をする。
  秀夫たち、バスで去る。
  火葬場の職員たちが、深々と、礼をしている。

239 宴会場一室
  皆、寿司を食べて、ビールとお酒を、
  飲んでいる。
  徐 浜子の夫、金 成哲(70)が、
  カラオケで、トラジの歌を、唄っている。
金 成哲「トラジトラジ、ペクトラジ、
 シムシムサンチョネ、ぺクトラジ、
 ハンヅウプリマンケオド、
 テバグニロ、パンシンマンテグナ。
 エヘヨ、エヘヨ、エヘヤ、オヨラナンダ、
 チファジャガ・チョッタ。 
 チョギ・チョ・サネ・ミッテ、
 トラジガ・ハンドゥルハンドゥル」
秀夫「一言、ご挨拶申し上げます。
 皆さん、本日は、亡き母、
 ソ スンジャの葬式のために、
 ご参列いただき、誠にありがとうございました。
 故人に代わりまして、厚く御礼申し上げますとともに、
 今後とも私ども遺族のため、
 変わりなきご厚情を、
 賜りますようお願い申しあげます。
 本日は、みなさまのお力ぞえにより、お蔭様にて、
 滞りなく、葬儀を、
 執り行なわさせていただくことができました。
 誠にありがとうございました。カムサムニダ
 本席はささやかではございますが、
 法要のひとときを、
 故人の思い出などをお聞かせいただきながら、
 ごゆっくりおくつろぎください」

  徐 波子、徐 玉子、徐 浜子、徐 亀子が、
  着飾ったチマ・チョゴリ姿で、入ってくる。
  徐 亀子の夫、趙 容権(61)が、
  マイクを、持って、
  釜山港へ帰れを、唄う。
  曲に合わせて、波子たちが、踊る。
  徐 波子の夫、李 霊山(73)や
  徐 玉子の夫、金 海山(69)が、
  拍手する。
李 霊山「チョッタ」
金 海山「イエップダ」
趙 容権「椿咲く春なのに あなたは帰らない
  たたずむ釜山港に 涙の雨が降る
  あついその胸に 顔うずめて
  もいちど幸せ 噛かみしめたいのよ
  トラワヨ プサンハンへ
  逢いたい あなた
  コッピヌントンベッソメポミワッコンマン
  ヒョッジェットヌンプサンハンエ
  カルメキマンスルピウネ
  オリュッドトラガヌンヨンラクソマダ
  モンメヨプルポワド
  テダムオムヌンネヒョンジェヨ
  トラワヨプサンハンエクリヌンネヒョンジェヨ
  行きたくてたまらない あなたのいる街へ
  さまよう釜山港は 霧笛が胸を刺す
  きっと伝えてよ カモメさん
  いまも信じて 耐えてるあたしを
  トラワヨ プサンハンへ
  逢いたい あなた」
李 霊山「チョッタ」
  李 霊山、金 海山も、踊りだす。
  可奈、早紀、慶夫が、クラッカーを、鳴らす。


240 宴会場前の道路
  蛍の光の曲が、流れている。
  徐 波子たちが、チマ・チョゴリ姿のまま、
  3台のタクシーに、乗ろうとしている。
徐 波子「それじゃ、明美ちゃん、帰るわ」
明美「姉さん、ありがとう」
  突然、秀夫が、和子の夫、鄭 光男(41)に、
  大声で、話す。
秀夫「関係ないやろ。文句あったら、
 弁護士、連れて来い。
 いつでも、裁判所で、勝負したら。
 裁判は、得意やねんぞ」
  明美の夫、崔 道男(61)と、
  清美の夫、朴 幹男(58)が、
  中に入って、仲裁する。
鄭 光男「兄さん」
崔 道男「やめとき」
朴 幹男「やめ」
明美「(大声で)やめとき。
 するなら、後でしい。後で」
徐 波子「秀ちゃん、それじゃね」
可奈「秀ちゃん?」
  可奈と早紀と慶夫が、うううと、笑う。 
秀夫「さようなら」
明美「また、電話します」
徐 波子「電話して。それじゃねえ」
  3台のタクシーが、去っていく。
  窓から、チマ・チョゴリの徐 波子、
  徐 玉子、徐 浜子、徐 亀子が、手を振る。
  可奈、走って、追いかける。
  皆、建物に、入る。
  可奈、スキップして、帰って来る。
  早紀と母親の朴 弘子が、待っている。
  3人いっしょに、建物に、入る。

241 秀夫の家
  夜、秀夫が、スクワット屈伸運動をしながら、
  歌謡番組のテレビを、観ている。
  韓国から日本に来ている女性歌手が、
  唄っている。
  「ソウルのすみれ」
女性歌手「ふるさとのソウルの街に
 青いすみれの花
 遠い日のオモニが好きだった
 すみれが咲いている
 いつも心配ばかり
 かけていた
 いつも苦労ばかり
 させていた
 すみれが咲いている
 
 住み慣れた大阪の街にも
 青いすみれの花
 遠い日の思い出を語る
 すみれが咲いている
 いつも笑顔を
 忘れない
 いつも約束を
 守り通した
 すみれが咲いている
 
 ソウルの街で生まれた
 オモニはソウルの街で生まれた
 遠い街だけれど
 オモニはソウルの街で生まれた
 いつも笑顔を
 忘れない
 いつも約束を
 守り通した
 すみれが咲いている
 すみれが咲いている」

242 秀夫の家・お風呂場
  秀夫が、お風呂から、
  桶で、お湯を、かぶっている。
  頭を洗って、タオルで、体を、洗う。
  排水溝に、溜まっていた
  徐 勝子の白髪の毛の束を、
  長く引き伸ばす。
  秀夫、すすり泣く。
243 秀夫の家・廊下
  お風呂場の扉。
244 秀夫の家・台所
  誰もいない台所
245 秀夫の家・居間
  誰もいない居間。

242 秀夫の家・お風呂場
  秀夫が、お風呂から、
  桶で、お湯を、かぶっている。
  頭を洗って、タオルで、体を、洗う。
  排水溝に、溜まっていた
  徐 勝子の白髪の毛の束を、
  長く引き伸ばす。
  秀夫、すすり泣く。
243 秀夫の家・廊下
  お風呂場の扉。
244 秀夫の家・台所
  誰もいない台所
245 秀夫の家・居間
  誰もいない居間。

246 梅田HEP NAVIO(快晴)
  エスカレーターで、出演者全員、
  上がってくる。
247 赤い大観覧車前
  出演者が、順序良く、
  観覧車に乗り込んでいく。
  礼をする人。
  手を振っている人。
  カメラマンが、撮影している。
  出演者たちが、観覧車の窓から、
  手を振っている。
  最後に、慶夫が、
  早紀、可奈、弘子と、乗り込む。
カメラマン「お父さんは?」
  慶夫、知らないのポーズ。
  慶夫たち、手を振っている。
  誰もいない乗り場。
  全員、乗っている回る大観覧車。
248 淀川の堤防
  遠くの大観覧車からズーム・アウト。
  ポポポと、ポンポン船が、行く。
  青い空にラジコン飛行機。
  ブラスバンドが、練習している。
  秀夫が、堤防で、
  寝そべっている。
秀夫「ぽぽぽ、鳩ぽっぽ、
 豆をやるから、食べに来い」
  野良犬が、走り寄って来る。
  逃げる秀夫。
  野良犬が、追いかける。
  走る秀夫。
  今度は、秀夫が、靴を片手に、
  野良犬を、追いかける。
  
             (F・O)

             (終わり)